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イルムスの魂がやどるデンマークのコペンハーゲンから汽車に乗り、海を渡りスウェーデンのマルメへ。 マルメからまた乗り換えて、目指すはレゼボー駅。ちょっと異邦人には慣れない乗り換えだが、汽車は容赦なく出発する。 車掌に何度もこの汽車は自分の目的地に行くのかと確認し続け、その間は二時間ばかりか。その内汽車は森の中を通り抜け、ますます不安は増すが、汽車もスピードをあげていく。レゼボー駅が次だと、停車時間が短いのか車掌さんが教えてくれ、長い出張となっている自分の荷物の運びだしも手伝ってくれる。降りてすぐに車掌に一言、「駅はどこですか?」。車掌は微笑み、汽車はこちらの不安をあざ笑うように出発していった。不安を覚えながら一人、スーツケースを引っ張っていると、その先に大きな笑顔の女性がたって出迎えてくれていた。 ここでようやく一安心。スウェーデン南東部に位置するスモーランド地方には、たくさんのガラス工房が集まっているが、この中で最古の工房が、日本でもおなじみのガラスメーカー・コスタ ボダの前身であるコスタ。1742年、スウェーデン国王カール12世配下の2人の将軍が、木材と水源に恵まれたこの地域にガラス工房を設立することを命じられ、2人はドイツからガラス職人を呼び寄せることになる。 設立当初は実用性の高い製品の製造を続け、ストックホルムで建設中だった王宮の窓ガラス等を制作。現在でも、当時のガラスが王宮西側に17枚保存されている、という。2人の将軍の名前、KoskullとStaelの一部をとって、この工房はコスタ(Kosta)と名付けられた。 古今東西、権力者というものは自分の名前を残したがるらしいとここでスタッフと談笑。心もだんだんリラックスしてくる。 一方、もうひとつの前身がボダだ。名前は地名に由来し1864年に設立。ガラス工業製品をプレス製法で生産していたが、1953年に彫刻家のエリック・ヘグルンドがデザイナーとして加わることで、その製品群は自由奔放で奇抜、創造性あふれるアーティスティックなものに変身した。 彼の銅像は現在オレフォス村にあり、その目線の先には新しくできたオレフォス・バーという名のクリスタル・バーがある。 コスタとボダ、この2つの工房が1963年に合併し、コスタ ボダが誕生。熟練したガラス職人と独創的なアーティストのコラボレーションで、芸術性、完成度の高いガラス製品を生み出すメーカーになった。その後も絶えず注入されるデザイナーの新たな感性によって、伝統を受け継ぐとともに、アーティスティックで創意あふれた作品を創り続ける。その後、よりモダンでクリアなガラスを作り続けるオレフォス社と合併し、現在のオレフォス・コスタボダ社とクリスタル王国の名を持つスウェーデンの中で、最も古い、唯一無二の工房となっている。 コスタ村、ボダ村、オフォス村、オレフォス村、四つの村にその工場はある。ボダ村とオフォス村はコスタボダ独特の芸術的のみガラス工芸を作り、コスタ村、オレフォス村は機械化された最新の生産技術も備えつつも、人の手を存分に必要とするアートピースを24時間休みのない溶炉のまわりで作り続けていた。 |